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2003
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/18
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・かいだん
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みちみちと、足を擦り付けながら歩くのが好きなのである。 古い家の階段は、縒り、みちみちと音がするので大好きである。特に粘っているわけでもないのに、足にみちみちと何かが絡み付いて来るような感覚が好きなのである。 否、別に階段が好きなわけではなかったはずだ。何故、階段が好きになったのかということを考えればすぐに思いつく。私は、別に階段が好きなのではない。階段に相反するもの−エレベエタアが苦手なのだ。母様に、幼少の頃押入れの中に閉じ込められ胎動を感じていたあの頃の苦々しい思いが口の中に広がる。 最近の子供は押入れの中に閉じ込められるということは無いのだろうが、私の子供の頃にはあったのだ。つんとしたシリカゲルの匂いが鼻の粘膜の奥の奥にべたりと染み付き、永遠の回廊が広がっているのかもしれないと錯覚させる押入れの奥は意外に狭く、身動きすらできない。函の中にみっちりと詰まった饅頭を想像しながら坊は饅頭になる。 その頃のトラウマだろうか。僕は薄暗いところと、狭いところが異常に苦手だ。ついでに、高いところも苦手だ。恐怖だ。恐怖症なのだ。私は恐怖症が衣を着て歩いている塊なのだ。魂の無い塊なのだ。畏怖し、微動だにできない、塊。なのだ。 精神障碍は中学を卒業する頃にはアトピイと同じように収まっていったが、アトピイと同じように、いまだに少しばかり残っている。澱が心の奥底のホンの一欠けらを侵食している。 エレベエタアに始めて乗ったのは高校の頃だっただろうか。近所に大型のデパアトが建設されたというのを聞き、友人と共に意気揚々と出かけていった。デパアトは近代的且つ西欧的で、まだテレビジオンも無かった其の時代、私めらは文明の進歩という物にただただ呆然とするしかなかったのである。 そのデパアトに、エレベエタアは在ったのだ。 中学を卒業し、アトピイと共に薄れていた恐怖の思ひ出が真逆、こんなところででてくるとは思わなかったのである。 結論から言えば、薄暗いその函のなかで、其の圧迫された函のなかで、僕は地上より足がぐんぐんと離れていく感覚を感じ乍、気を失った。吐瀉した。 それ以来、エレベエタアはダメなのである。 あの、閉塞感が厭なのである。 あの、薄暗感が厭なのである。 あの、上昇感が厭なのである。 厭で、厭で、厭でたまらない。 社会人になってもう半世紀近く過ぎた。都会にはエレベエタアがあふれ、私も其の函の中に閉じ込められなければ過す事ができない状態となっていった。 常に吐き気が、あの時の吐瀉感が心を侵食するのだが、私は饅頭だ。この函の中にみっちりと詰まっている饅頭だ。と思うことにより、何とか時を過ごしていた。 そんな日が幾日も、幾月も、幾年も過ぎ、私はエレベエタアの恐怖を忘れていた。 そんな私が、ああ何故なのですか神様。私が一体何をしたというのでしょう。 今、私はエレベエタアの中に居る。 今、其のエレベエタアは微動だにしない。 エレベエタアの中には、私一人。 酸素は十分にあるはずだし、別に密封されているわけでもあるまいに、息が苦しくなってくる。くらくらする。あの時のシリガゲルの匂いが、押入れの中のシリカゲルの匂いが鼻につく。 ああ、きっとこの服の持ち主はこの服をずっと押入れに入れっぱなしておいたのだな。と思う。 エレベエタアが止まってから、一時間が過ぎた。 早く助けて欲しいという感情と、助けに来ないで欲しいという感情が押し寄せる。 よりによってなんだってこんな日にエレベエタアも止まらなくてはならないんだ。これは、きっと・・・祟り・・・。 そう、祟りなのかもしれない。私が行ってきたことへの報復なのだ。きっと。 そ。と足元の溜まりに手をやる。にちゃり。 シリカゲルの匂いは、もうしない。 こんなところで私は一体どうすれば良いというのだ。こんな・・・死体と一緒に。 足元に広がる血溜り。男の来ている服のシリカゲルの匂い。きっと、私がこのかばんで殴りつけたことにより息絶えたのだ。そして、其の衝撃はエレベエタアを緊急停止させるに至ったのだ。 助けを呼べば、すぐに助かるだろう。 だが、いまだに踏ん切りがつかないのだ。自らの罪を、罰に変える勇気が無いのだ。この函からでたらきっと・・いや、其れよりも大きく、狭く、薄暗く、厭な匂いのする函に閉じ込められるのだろう。 それが、厭で厭でたまらないので、未だ、この函からでられずにいる。
創作語り・怪談-了
ところで、Yahoo(http://www.yahoo.co.jp/)に、広末がいっぱい居ます。うきーーー。抱きしめてえ。もし、あの赤い鞄に広末がみっちりと詰まっているのならば、僕はあの函を・・・。 まあ、無いんでしょうけど・・。 思わずびーびーしたくなりますがすでにびーびー。オウ!びーびー。 ・・お薬が必要でしょうか?
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