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2004
/8
/27
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・おっぱい文化学
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家の主人が部屋を出てもうどれくらいになろうか。
彼は、時を刻むものが好きではないという理由から部屋に時を知る手段が無い。
私も、身にまとわり憑くものが好きでないため、腕時計は持ち合わせていない。
懐中電灯などというハイカラなものは何をかいわんかや。無論、持っていない。
―――間
主は雰囲気を好み、部屋には四隅に蝋燭を灯してあるだけである。
ゆらり。影がゆれた。
すと、障子が開き主が現われた。
「お待たせしたね。こいつを探していたからだ」
「それは、なんだい」
「泡盛さ。妻が実家から送ってきた一級品の焼酎だよ」
「酒か―然し、何だって又―」
「艶話には酒が必要だろう。今日は程よく蒸し暑いし、酌み交すのは君だって厭ではないだろう」
「まあ、確かに―そうだが」
「それで、何処まで話したっけか。あゝそうだ。おっぱいは性行為のために有るや無しやと言う話だったね」
「そうとも、君は文化的側面から―おっぱいの必要性を論じるといっていたぞ」
「そうだね。モリスの言うおっぱい=臀部のメタファーという意見は解る。
しかし、人間というものは必ずしもオッパイに欲情するのか。という問題がある」
「欲情―しないとでも言うのか君は。自慢じゃあないが僕だって―欲情する」
「そう。そりゃあ僕だってそうさ。然しね。其れは後から与えられた知識なんじゃあないかということさ」
「後から与えられた知識だって」
「うん。誰かがアレに欲情するのが普通だと触れて回ったってことだ」
「しかし、そんな事が―可能なのかい」
「可能、不可能で言えば可能だね」
「そんな、馬鹿な」
「そうだな。例えば―君は大便に欲情するかね」
「そんなものに欲情するわけは無いだろう」
「そうかな。では、そういったものに欲情する人が居るということは知っているかい」
「ああ、スカトロジイというやつだな」
「うん。そうだ。糞尿譚というやつだ」
「其れがどうしたと言うんだ。いまはオッパイの―」
「君が欲情しないものに欲情する人が居るということだよ」
「然し―それとこれとは」
「同じだよ。遍く全ての哺乳類は性行為に於いて胸なんか刺激したりはしない」
―そうだな、ならば君はおっぱいに欲情しない民族というのを知っているかね」
「そんな民族が居るのか」
「居るとも。君も良く知っている民族さ」
「アメリカ―いや。韓国…いやまてよ…」
「そのくらいのことも思いつかないのかい。答えは日本人さ」
「なんだって。し…しかし」
「君が欲情するのはさっき聞いて解っているよ。
いい大人が欲情するだのしないだのそんな話を聞いたって僕はちっとも面白くない。
日本人といったってアレだ。君や僕の事じゃない。
―君は、春画というものを知っているかい」
「昔のエロ漫画だろう」
「まあ、そんなところだ。昔は写真が無かったからね。情事を絵に書きとめておいて、後で見て楽しんだわけだ」
「それがどうした」
「この春画。メインになっているのは結合部分で、大抵の場合、男女共に着衣している。
このことから言えるのはすなはち、当時の日本人は結合にのみ色を感じており、
おっぱいには殆ど興をそそられなかった―のだと思うのだ」
「結合部分のみ」
「そう。男性器が女性器に咥えられているところを描いたものが殆どだね」
「なぜだい」
「なぜだい―といわれても困るけどね。当時の人間はそれほどおっぱいに興味は無かったのだろう。
他にも根拠はあってね、例えば、ヴィーナスという女神が居るけどね」
「ああ、美の神だろう」
「そう。彼女は裸だ。裸婦なのだよ。おっぱいをポロリと出している」
「そういえば、ミロのヴィーナスも裸だね」
「そう。向こうでは殆どの女神は裸だ―そして豊満な胸を持っている。
それに、アルテミス神という女神を知っているかい」
「いや、何か聞いたことは有るのだが―」
「この女神はあちこちに居るのだが、元々ギリシアでは豊穣の女神として祭られていた。
ま、紆余曲折あって狩猟の神になってしまったみたいだけれど、
このアルテミスは元々多乳の神だった」
「多乳だって。乳が多いということか」
「そう。複数のオッパイを備えている」
「このことからも―おっぱいを愛でるという行為はヨーロッパ諸国には蔓延していたという事が解る。
―しかしだ。日本にはそういった信仰は見受けられない」
「だ…だがしかし」
「うん。君が認めたくないのは良くわかる。しかし、西洋では女性と言えばおっぱいだった事に対し、
日本では、ただの穴としか認めていなかったということだよ」
「ただの穴」
「そう、こういう思想はとっととなくなってしまうべきだと思うが、其れは事実。
昔の日本人は穴さえあれば何でも良かった―たとえ男でもね。
バイセクシアルな風潮が日本に蔓延していたということは君も良く知っているだろう」
「ああ、確か信長には蘭丸という従者がいて―その、性の処理を」
「まあ、あれは戦場には女人入るべからずという―
此処からは僕の推論になるけどね。
西洋には母神信仰とも言えるような―女神がたくさんいた。
これは、西洋の人々が女性を崇拝していたことを意味する。
一方、日本にはそういった風習は見られない。
それどころか、女性はしてはならない―といわれる作法がたくさんある。
これは元来は女性を尊敬するものだったかもしれないが、
意味が摩り替えられ、女性を蔑視するだけの理として作用するようになってしまった。
そして、きっとね。男は―男が優位であると思うようになったのだよ」
「男が―優位…だって」
「そう。だからね。女にしかないものを認めるわけには行かなかった。
それはつまり、女性に優位なところがあるという標になるからね」
「優位になる―し…標」
「そう、だから、つまりは―おっぱいを認める―おっぱいに欲情するということは―
女性を尊敬しているということになるのだよ。
要するに―おっぱい最高!!」
「おっぱい最高!!」
私達はおっぱい最高と叫びながら酒を酌み交した。
ふすまの向こうでは、彼の細君があほらし…と言っていたとかいなかったとか…。
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